木下牧子(1956–)/春に

作詞:谷川俊太郎(1931–)

初演 2004年3月26日 早稲田大学高等学院グリークラブ第49回定期演奏会にて

この「春に」は「地平線のかなたへ」という曲集に収められている「サッカーによせて」「二十億光年の孤独」「卒業式」「ネロ」を合わせた5曲の中の1曲である。この5曲は、谷川俊太郎氏の若者向けの詩を集めて作曲されており、明るく希望に満ちた作風で、中学生から高校生までの人生で多くの人が経験する一場面を切り取ったような内容になっている。
谷川俊太郎氏の『春に』という詩は、歌詞として書かれたのではなく雑誌に載せる詩として、季節感を大切にしながら書かれた。その後詩は少年詩集『どきん』の中に収録され、理論社より1983年2月に出版されている。

『春に』が曲になったきっかけは、木下牧子氏が音楽之友社から、「今いちばん日本で合唱曲を歌うのは中学生ですが、木下さんの曲は音域が広すぎて中学生には歌えません。詩の選び方もマニアックだから、誰もが共感できる詩を使って、音域も狭くして、中学生にも歌える深い歌を書いてほしい」と依頼を受けたことだった(詩人と作曲家が語る谷川俊太郎(詩人)・木下牧子(作曲家).音楽教育ヴァン、vol.47、2021年、p.5)。その際に木下牧子氏が曲にするのに「見つけた!」と思ったのが少年詩集『どきん』にある『春に』の詩であった。『春に』は4月に新しい環境の中でこみあげる期待感を歌っている。谷川俊太郎氏が意識して鮮明に描いた、春の息吹が身体にこみあげてくる様子、「喜び」「悲しみ」「いらだち」「やすらぎ」など矛盾する様々な感情、未来へのわくわく感を木下牧子氏は細かな強弱記号と4パートによる掛け合いによってリズミカルに表現している。そうしてできた「春に」は1989年に音楽之友社の月刊誌である『教育音楽』5月号の別冊付録に混声3部合唱版で発表された。

その後、谷川俊太郎氏の詩をもとに前年の1988年に男声4部合唱版で作曲された「サッカーによせて」の男性合唱団「甍」(指揮・関屋晋氏)による初演が大好評だったことから、音楽之友社の委託で混声3部合唱版を書くことになり、「春に」とともに『教育音楽』別冊付録のために書き下ろされた「二十億光年の孤独」「卒業式」を加え、曲集にするため混声三部合唱版から4部合唱版に編曲された。そこに、1989年に広島県立賀茂高校(関屋晋氏委託・初演)により「ネロ」が誕生し、1990年『教育音楽』2月号に掲載したものの改訂版を追加し、『地平線のかなたへ』という曲集が混声版で1992年に出版された。当時の木下牧子氏にとって、曲集や組曲の全曲を通して演奏することを前提にした作品がほとんどで、曲集の中から1・2曲選び取って歌うこともできる自身の作品は珍しいものであった。1997年に女声版を出版しており、「サッカーによせて」が最初男声版だったため、「最後に全曲男声版を作って区切りをつけるのもいいかもしれない」と木下牧子氏は思い立って編曲し、男声版は2004年に初演、2006年に出版されている(男声合唱曲集地平線のかなたへ.音楽之友社, 2006, p2)。


参考文献

  • 谷川俊太郎『谷川俊太郎少年詩集どきん』理論社、1998年
  • 『混声合唱曲集地平線のかなたへ』音楽之友社、2016年
  • 『男声合唱曲集地平線のかなたへ』音楽之友社、2006年
  • 『女声・同声合唱曲集地平線のかなたへ』音楽之友社、2018年
  • 坂元勇仁、谷川俊太郎、木下牧子「詩人と作曲家が語る 谷川俊太郎(詩人)・木下牧子(作曲家)」『音楽教育ヴァン』vol.47、教育芸術社、2021年、pp.3–8

文責:バス4年 宮崎雄希