フランツ・ドップラー(Albert Franz Doppler, 1821–1883)/ハンガリー田園幻想曲 作品26

ドップラーは1821年オーストリアに生まれ、オーボエ奏者の父からフルートを教わる。「ハンガリー田園幻想曲」の作曲年は明らかになっていないが、弟のカールもまたフルート奏者であり、カールと一緒に演奏するために作曲された作品とも言われている。13歳でデビューした後は、1838年にドイツ市立劇場の首席フルート奏者、1841年にはハンガリー国立劇場の首席フルート奏者となった。さらに、ウィーン国立音楽院の教授を務め、フルート奏者・作曲者としてだけでなくバレエ音楽の指揮者としても活躍した。ドップラーは、6曲のオペラ・15曲のバレエ音楽も作曲しているが、作った作品の多くはフルートのためのコンチェルトやデュエットであった。ブラームスやリスト、ワーグナーと親交があったとも言われている。昨年2021年は、ドップラー生誕200周年の年であり、日本でも再注目されている作曲家だ。ドップラーが活躍した19世紀のオーストリアは、プロイセン=オーストリア戦争が起きたまさに動乱の時代であった。そんな時代を生きたドップラーの代表作である「ハンガリー田園幻想曲」は、日本でも人気を誇る作品である。

ハンガリーの音楽であるこの曲に日本人が魅了されるのは、こぶしのようなフレーズが日本民謡を彷彿とさせるからである。装飾音符が曲中の至る所で使用されており、この装飾音符がこぶしのような味わいを持たせているのだ。馬子唄を思わせ、情緒あふれる旋律は、日本人の琴線に触れる。

「ハンガリー田園幻想曲」の魅力は情緒あふれるメロディだけではない。フルートの有効音域を余すとこなく使うこの曲は、フルート奏者であるドップラーだったからこそ作ることのできた曲である。最低音のHから最高音のHまで実に3オクターブの広い音域で演奏されるだけでなく、ハーモニクス奏法(低音域の運指で高音域を奏でる)が取り入れられるなど幅広いフルートの音色を楽しめる作品なのだ。

この「ハンガリー田園幻想曲」は、ハンガリー・ロシア・ポーランドの伝統的な音楽だけでなく、ウィーン風の古典的な音楽・イタリアオペラの影響を受けていると言われている。曲は三部で構成されており、第一部ではハンガリーの情景を感じさせ、どこか寂しく、哀愁漂うメロディとなっている。冒頭部分から先述したこぶしのようなフレーズが続き、ミステリアスで即興曲の雰囲気も併せ持つ。第二部では、長調へと転調し第一部とは一転、のどかで綺麗な旋律を奏でる。第三部では、民族舞踏のリズムが使用され、裏拍が強調されたメロディから始まる。中間部では、第二部を思わせるような可憐なメロディも展開され、最後は最高潮の熱気で幕を閉じる。第一部から第三部までを通して、テンポを伸び縮みさせて演奏することからも、ハンガリーの民族音楽にインスピレーションを受けていることや、カデンツァを多く用いていることからオペラの影響を受けていることが理解できる。テンポの伸び縮みだけでなく、強弱の変化も激しく、趣深いだけでなく情熱も感じることができるのではないだろうか。幻想曲というタイトルがついている通り、曲のはじめから終わりまでころころと曲の表情を変え、民族音楽の雰囲気から古典クラシックの雰囲気まで堪能できる作品なのだ。

一般的には、フルートの独奏とピアノ伴奏で演奏されることが多い曲だが、今回はA.クロッチュ編曲版によるオーケストラ伴奏で演奏する。


楽器編成

フルート ホルン 2
オーボエ 2 トランペット 2
クラリネット トロンボーン 2
ファゴット チューバ
弦五部 ティンパニ
独奏フルート

参考文献

文責:フルート4年 古川愛子